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2005年10月08日

護王殿

護王殿慈眼堂に隣接しており、北白川宮能久親王の廟所として建立されました。建立は比較的新しく、明治29年(1896年)となっております。また、北白川宮能久親王は輪王寺宮公現法親王、すなわち輪王寺最後の皇族の座主でもあります。しかし、戊辰戦争時に賊軍に担がれてしまいました。

護王殿


護王殿の裏手にあるお墓です。位置的には北白川宮能久親王の墓なのかとも思うのですが、親王は輪王寺宮墓に入っているのかなぁ等と考えると不明です。情報求む!

posted by 宮っこ at 21:41| Comment(4) | TrackBack(1) | 日光市>日光の社寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
こちらには遺髪が納められています。
遺体は東京の豊島が岡墓地に埋葬されています。
Posted by れふと at 2005年10月09日 00:02
>れふとさん
遺髪ですか。
ご助言、痛み入ります。
これからもよろしくお願いします。
Posted by 宮っこ at 2005年10月09日 20:58
ども。
調べてみると、日光の輪王寺宮墓地はみな分骨もしくは遺髪のみを納めているようです。墓所はそれぞれ京都や東京にあるみたいです。
私も昨年に日光に来たときにここまで訪れました。観光客がいなくて、一息つけるところですね。

ブログいつもみています。こちらこそよろしくです。
Posted by れふと at 2005年10月11日 02:26
>れふとさん
度々のコメント、痛み入ります。
わざわざ、調べていただき、ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by 宮っこ at 2005年10月11日 12:30
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北白川宮能久親王像  (東京都千代田区 銅像)
Excerpt: 日本各地には様々な銅像があります。 拒あらばいろいろご紹介したいと思います。 江戸城北の丸公園にある、北白川宮能久親王像です。 <北白川宮能久親王像> もと輪王寺宮公現法親王といい、明治維新時..
Weblog: 日本隅々の旅 自然・史跡・夜景など観光総合ブログを目指します!
Tracked: 2005-10-11 22:52
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